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竹田恒和は皇室の家系図!学歴・妻・息子は?過去の交通事故とは?

竹田恒和アイキャッチ

日本オリンピック委員会(JOC)の会長である竹田恒和さん。

フランスのAFP通信のよると、2020年東京五輪の誘致に関して汚職が関与していたという疑いで刑事告訴の手続きが取られています。

 

汚職の内容は賄賂(わいろ)。

 

シンガポールにある「Black Tidings」という会社にコンサル料という名目で2億円が送金されていますが、じつはその2億円が賄賂であった可能性が疑われています。

真相は今後の調査で明らかになっていくでしょう。

 

ちなみに今回の起訴はカルロス・ゴーン氏の逮捕に対するフランスの報復とも言われているようです。

 

ただ今回起訴された竹田恒和さん。

じつはとんでない家系の方だったんです。

 

なんと!竹田恒和さんは明治天皇のひ孫!

ズバリ!皇族の家系に関係する方なんですね。

驚きです。

 

「竹田恒和さんの家系や学歴がじつはスゴいらしい」

「竹田恒和さんの妻や息子は?」

「竹田恒和さんが起こした過去の交通事故とは?」

 

竹田恒和さんに関するいろいろな疑問の声がネット上にあがっていました。

たしかに竹田恒和さんのことについて、いろいろと興味がありますよね。

 

そこで今回は「竹田恒和さんの皇室の家系図、学歴・妻・息子、過去の交通事故」についてお伝えします。

 

この記事を読むことによって、竹田恒和さんのことをくわしく知ることができますよ!

それでは行ってみましょう!

 

竹田恒和は皇室の家系図、学歴もスゴい

まずはじめに竹田恒和さんの簡単なプロフィールを紹介します。

 

竹田恒和1(引用:Twitter)

 

竹田恒和(たけだ つねかず)

1947年11月1日生まれ

出身 東京都

所属 日本オリンピック委員会(JOC)の会長

 

JOCの会長である竹田恒和さん。

この方の家系図がすごいんです!

 

 

じつは竹田恒和さんは明治天皇のひ孫で、父親の竹田宮恒徳王は世界で「プリンス・タケダ」と言われていました。

その竹田宮恒徳王の三男が竹田恒和さん。

 

由緒正しい「プリンス」の息子だったんですね。

 

竹田恒和さんのご両親は、父・竹田宮恒徳王、母・恒徳王妃光子。

そして兄弟は、恒正、素子、紀子、恒治、恒和(本人)の5人。

皇室家系の5人兄弟の末っ子として生まれたんですね。

 

ただ竹田恒和さんが生まれた年の1947年に父である竹田宮恒徳王が皇族から離れたので、それ以降は正式には皇室ではなくなっています。

 

さらに学歴は皇族関係ご用達の慶應一貫教育。

慶應義塾幼稚舎

慶應義塾中等部

慶應義塾高校

慶應義塾大学法学部政治学科

 

慶應一色で過ごされました。

 

家系、学歴どちらも素晴らしい方ですね。

ただなぜ日本オリンピック委員会の会長を務めているのでしょうか?

 

それは竹田恒和さんご自身がオリンピックに出場した経験があるからです。

 

竹田恒和さんは馬術の日本代表選手として、1972年にミュンヘンオリンピック、1976年にモントリオールオリンピックに出場しています。

さらに日本選手団のコーチや監督なども経験してきています。

  • ロサンゼルスオリンピックの日本選手団コーチ
  • バルセロナオリンピックの日本選手団監督
  • シドニーオリンピックの日本選手団本部役員
  • ソウルオリンピックの日本選手団コーチ

 

かなりオリンピックに貢献してきた方なんですね。

そして2001年に前八木祐四郎会長の後として、オリンピック委員会の会長に就任しました。

 

ところで竹田恒和さんの妻や息子さんはどんな方なんでしょうか?

また過去に起こした交通事故も気になります。

 

つづいては竹田恒和さんの妻・息子、交通事故についてお伝えします。

 

竹田恒和の妻・息子、過去の交通事故とは?

竹田恒和さんはオリンピック委員会の会長という輝かしい肩書がありますが、じつはバツイチなんです。

前妻は昌子さんという方ですが、現在は寿々子さんという方が奥さんです。

 

また子供は3人いますが、長男の竹田恒泰さんは結構有名な方です。

竹田恒泰さんは前妻である昌子さんとの間の子供で、現在は政治評論家として活躍しています。

 

そんな息子さんの竹田恒泰さんですが、テレビのワイドショーを騒がせるようなスキャンダルでも有名になりました。

 

竹田恒和2(引用:Twitter)

 

元AKB畑山亜梨紗さん華原朋美さんとの交際による二股のウワサもありました。

結局竹田恒泰さんは、芸能界とは関係のない一般女性の方と結婚しています。

 

こんな息子さんを持つ竹田恒和さんですが、じつは過去に交通事故を起こしています。

 

竹田恒和さんは1974年に自動車で22歳の女性との接触事故を起こしました。

そして相手の女性はお亡くなりに。

 

当時のマスコミは「オリンピック代表選手が女性をはねた!」ということで大ニュースになりました。

最終的には示談にして補償金を支払って解決したようです。

 

示談で補償金を支払ってしまうなんて、やはりバックがスゴいですね。

 

まとめ

竹田恒和さんの皇室の家系図、学歴・妻・息子、過去の交通事故についてお伝えしました。

正しい由緒ある家系なうえ、明治天皇のひ孫にあたるなんて驚きですね。

しかもオリンピックの日本代表選手としても活躍していました。

今後のフランス当局からの調査が気になるところですね。